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ブリオベッカ浦安とクラウディオのデュアルキャリア戦略

JFLクラブからIT人材が育つことで何が起こるか?
ブリオベッカ浦安とクラウディオのデュアルキャリア戦略

 

宇都宮徹壱ウェブマガジンとの共同企画

宇都宮徹壱氏制作記事

なぜ浦安の選手たちはIT技術を学んでいるのか?

サッカー関連の取材で、銀座に来ている。これは、かなりのレアケースだ。

都内での取材となると、国立競技場のある新宿区、味の素スタジアムのある調布市、町田GIONスタジアムの町田市、武蔵野陸上競技場の武蔵野市、あとはJFAハウスのある文京区くらいであろう。ところが、この日に訪れたのは銀座のど真ん中。しかも、これから取材するのはJFL所属、ブリオベッカ浦安の選手たちである。

送ってもらった住所を頼りに、細長いビルのエレベータで11階へ。いかにもIT系といったオフィスの一角では、いかにも「サッカーやってます」風の若者4人がPCを広げて、女性講師からレクチャーを受けている。彼らが学んでいるのは、プログラミング技術の初歩の初歩。この日は第1回の講義だった。

今季、6年ぶりにJFLの舞台に戻ってきたブリオベッカ浦安。今週末に開幕というタイミングで、なぜ彼らは銀座のど真ん中でプログラミングを学んでいるのだろうか?

「自分はサッカー以外、何も能力はないし、ビジネスマナーも知らないんですよね。サッカーを辞めてからのことを考えた時、何か後に残るものを手に入れたいなという思いがあります」

そう語るのは、今季から東京ユナイテッドFCから加入したMF荒井大(#31)である。他の選手にも聞いてみよう。昨シーズンまで南葛SCでプレーしていた村越健太(#2)、そして大卒3年目のMF平野貫路(#27)。

「この先どうなりたいとかっていうのは、正直わからないですが、もっとサッカー選手として上に行きたいという思いは強いです。今はサッカーを一生懸命やりながら、パソコンもできるようになりたいという感じですね」(村越)

「自分も目の前のことに全力になってしまう性格なので、先のことは正直あまり考えていないです。それでもワクワクすることが好きなので、サッカーでもITでも、日々ワクワクしていきたいと思っています」(平野)

3人とも1997年生まれで今年26歳。初めてのJFL挑戦に、プレーヤーとして期待をふくらませる一方で、引退後のキャリアについては思うところがあるようだ。ならば、ヴァンラーレ八戸とヴェルスパ大分でJFL経験があり、今年29歳となるFW 井上翔太郎(#30)の場合はどうか。

「僕も大学卒業後、ずっと仕事をしながらサッカーを続けてきたんですが、どこに行っても同い年の社会人とのギャップを感じます。ビジネスマナーもそうだし、社会的なスキルもそう。引退後に社会人として入社したら、相当遅れているのではないかと思っています。ですので、プログラミングを勉強するにあたっては『引退したら、こちらの会社でバリバリ働けるくらいになりたい』という気持ちで臨みました」

この日の講師である、河野由香にも話を聞いてみた。まったくIT知識がない、現役サッカー選手を教えることに、戸惑いはなかったのだろうか?

「そんなにギャップは感じませんでした。文系の大学生にも教えたことがありますが、むしろ学生よりも熱心な応答があるので、いい雰囲気で進められています。今日の講義は、コンピュータの動きやネットワークの仕組みなど、土台となる部分が中心でした。まずはWordやEXCELなどを学んで、そこからプログラミングに入っていくというカリキュラムを作成しています」

JFLクラブからIT人材が育つことで何が起こるか? 本稿では、そんな素朴な疑問から、ブリオベッカ浦安の試みにフォーカスする。

ブリオベッカ浦安におけるセカンドキャリア

ブリオベッカ浦安は、2016年に初めてJFL昇格を果たしたものの、わずか2シーズンで関東リーグに降格。その後は5シーズンを関東1部で戦うも、2020年と21年の2位が最高だった。昨シーズンは6位に終わったが、全社(全国社会人サッカー選手権大会)で優勝して地域CL出場権を獲得。この大会でも優勝して、見事6シーズンぶりのJFL復帰を果たした。

とはいえ、久々に戦う全国リーグには、いろいろと苦労も絶えないようだ。クラブ代表の谷口和司によれば、大きな課題は2つあるという。

「まず、運営費をどう増やすか。JFLとなると年会費だけで1000万円かかります。遠征費も含めると、既存の戦力で戦うとしても、新たに2500万円ぐらいの予算が必要になります。次に、スタジアムに関する課題。JFLだと人工芝でホームゲームが開催できないので、千葉県内を転々としなければならない。関東リーグのアウェイに行くような感覚です。この課題については、まだまだ時間はかかりますが、各方面に働きかけをしているところです」

そんなブリオベッカ浦安で選手たちが、IT企業でプログラミングを学んでいたのには、選手のセカンドキャリアについて、早い段階から谷口が問題意識を持っていたからだ。働きながらプレーする選手たちを、長年にわたり見守り続けてきたクラブ代表は、こう語る。

「ウチの選手の仕事には、大きく2種類に分けられます。ひとつは、引退後の就職先として、スポンサーさんに選手を受け入れていただくケース。セカンドキャリアのことも考えて、仕事の経験を積んでから、引退後に就職するというパターンですね。もうひとつは、チャンスがあればもっと上のカテゴリーに行きたいケース。これは若い選手が多いので、あまりセカンドキャリアのことは意識せず、時給の高いアルバイトをしながらサッカーを続けるパターンが多いです」

浦安からJクラブに「ひとり昇格」するケースは、これまでにも何度かあった。2018年にFC琉球に移籍した大野敬介、23年にSC相模原にステップアップした加藤大育などである。しかし、それらは例外的なケースであり、地域リーグやJFLでのプレーのみでスパイクを脱ぐ選手のほうが圧倒的に多い。よって「引退後」についてリアルに考える傾向は、むしろJリーガーよりも強いようにも感じられる。

「大学時代から、会計士を目指していた選手がいました。会計事務所を紹介すると、事務所の仕事をしながら勉強を続けていたんですね。今年はサッカーを辞めて、会計士の資格を取るための勉強に熱を入れています。そこの事務所の社長さんと話すと、すでに戦力になっているそうです。そうやって自分が目指すところが、最初から決まっている選手も少なくないです」

こうした明確な目的を持ってサッカーを続ける選手がいる一方で、将来に漠然とした不安を抱えたままプレーを続ける選手も少なくない。そこで谷口が意識するようになったのが「ジョブスポンサー」という存在。単なるアルバイトでなく、スキルも手にすることができれば、なお良い。そこで昨年からスタートさせたのが、銀座にオフィスを構えるIT企業のクラウディオに選手を送り込み、IT技術を学ばせることであった。

「選手のキャリアを考えた時に、しっかりしたスキルを手にしていたほうが価値は高い。そうした時に、クラウディオさんが、ウチのジョブスポンサーになってくれたんです。ここで実績を作って『ブリオベッカに行けばITスキルが学べる』と認識されれば、意識の高い大卒の選手がウチに来てくれるんじゃないか。そんなことを最初は考えていました」

 

クラウディオとの出会いとIT業界が抱える課題

「最近、僕が考えているのは『新卒の採用なんか止めて、みんなデュアルキャリアにすればいいのではないか』ということです。日本の大学や大学院を出ても、即戦力としてITの仕事が任せられるわけではない。ですから学生のうちから、実践的なトレーニングを積むようなキャリア形成を考えたほうがいい。それはサッカー選手にも言えることですよね」

そう語るのは、ブリオベッカ浦安の選手たちを受け入れている、株式会社クラウディオの代表取締役会長、石川正明である。石川は、日本IBM、日本オラクル、アクセンチュア、シグマシクスを経て、2019年にクラウディオを共同創業。静岡出身で清水エスパルスのファンでもある。実は浦安の代表、谷口もアクセンチュアの出身だが、ふたりの出会いは意外な場所だった。

「きっかけは、小学生の息子のサッカーでした。自宅が浦安なんですが、近所でしっかり運営されているクラブということで、選んだのがブリオベッカ。その後、谷口さんもアクセンチュア出身であることがわかって、それからのお付き合いでしたね」

クラウディオが、浦安のスポンサーになったのは2021年。コロナ禍の影響で、試合でのライブ配信の需要が高まり、そのための費用を受け持つ形からスタートした。それがジョブスポンサーに変わっていったのには、実はクラウディオ側が抱える業界の事情もあった。

「IT企業と聞いて、皆さんが思い浮かべるのはWeb系だと思います。われわれはエンタープライズ系といって、企業や官公庁などで利用される情報システムを扱うことが多いんです。この業界では、かつては人件費の安い海外の人材に頼り切っていたんですが、もっと国内で人材育成をしていく必要性を感じていました」

そこからIT業界に興味がある選手に、デュアルキャリアの場を提供するという試みにシフトしていく。そのきっかけとなったのが、FWの井上翔太郎。昨年の地域CLでは、途中出場で活躍していた井上だが、一方で「IT技術を学びたい」と谷口に直談判していた。そこで紹介されたのがクラウディオ。ただし、受け入れる側の石川には、いろいろと試行錯誤もあったという。

「翔太郎くんの受け入れを打診された時、選手と僕らの仕事とがまったく結びつかなかったんです。とはいえ、お金以外の部分でもサポートしたいという思いはありましたので、まずは新しい人的交流が生まれれば面白いかなと思っていました」

石川によれば、ITの仕事を任せられるようになるのは、最低でも2〜3年はかかるという。加えて、現役の間は試合やトレーニングが主であるため、仕事とのバランスも考えなければならない。選手との距離感に悩む中、自らの責任を実感する機会もあった。

「ブリオベッカの試合を観に行った時、翔太郎くんのご両親にお会いしたんです。試合のことを話しているうちに『やっぱり仕事が安定しているから、落ち着いてプレーできるようになりましたね』という言葉が印象に残ったんですね。正直、仕事上で戦力になっているわけではありません。それでも、自分の子供のように大切にしなければという気持ちにはなりました」

 

浦安とクラウディオが思い描くデュアルキャリアの未来像

サッカー界におけるセカンドキャリアの話題は、最近では手垢にまみれた感が否めない。むしろ、現役時代から異なるスキルを身に付ける、デュアルキャリアの話題の方が主流となっているようにも感じられる。とはいえ、JFLや地域リーグなどのアマチュア選手の場合、プロ経験がある選手比べて、引退後の人生プランが描きにくい傾向があるのが実情だ。

「選手の引退後のキャリア形成は、ウチに限らず大きな課題だと思っています。Jクラブでは、そういうプログラムを始めているところもあるようですが、少なくともブリオベッカに関しては『安心してサッカーが続けられる環境』というものを、石川さんと一緒に実現させていきたい。ある意味、このカテゴリーだからこそ、できることがあるのではないかと思っています」

そんな谷口の思いに対し、石川はアグレッシブな人事制度の提案をしている。

「実は弊社では『デュアルキャリア制度』という人事制度を新設しました。特徴は大きく3つ。まず、選手の契約に沿うものにするため、有期雇用形態で更新型の正社員とします。次に、社員の給料体系に近い金額を出したいので、月5万円のデュアルキャリア手当を支給します。そして、急に試合が入った場合には、有給休暇ではなく勤務扱いにします。正社員とのバランスを取るためにも、この3つを柱にした人事制度を作り直しました」

なぜ、そこまで力を入れるのか。それは石川自身、サッカーの可能性に気づき始めたからだ。この取材の直前、谷口はドイツのライプチヒとフランスのトゥールーズを視察している。現地での見聞について、石川は身を乗り出すように聞き入っていたという。

「向こうではジュニアユースのチームでも、GPSを付けたトレーニングすることで、心肺にかかる負荷などのデータがデジタル化し、その場で負荷を調整しているんですね。そういう話を聞いていると、もっとスポーツの世界にもコミットしていきたいと考えるようになりました。ただし、ITを駆使して得られたデータを分析して、それを戦略に役立てるということは、僕らにはできない。むしろ、サッカーに長けた人材が活躍できる場が、新たに生まれる可能性があると考えています」

一方の谷口もまた、IT業界出身らしく「スポーツ×IT」というテーマについては、もともと関心を寄せていた。「実際のところ、クラブ運営の現場ではIT技術が必要となる場面って、けっこうあるんですよね」と実感を込めて語ると、こう続ける。

「ウチの場合ですと、育成組織に600人もの子供たちがいるわけです。各年代の月謝をEXCELで管理して、口座に振り込んでもらえればいいという時代ではないですよね。クレジットカードで支払いたい人もいれば、PayPayを使いたい人もいるかもしれない。そういった決済の多様化を解決できるシステムができれば、きっと面白いことになる。そんな話を石川さんとはしています」

アクセンチュアという共通の出自、そして同じサッカーファンゆえであろう。谷口と石川はすっかり意気投合して、さらなる夢を紡ぎ出そうとしている。それは「ブリオベッカ・デジタル(仮)」という会社の立ち上げ。「これも石川さんの発想ですが」と前置きして、谷口は構想を語る。

「将来的には新会社を立ち上げて、スポーツに特化したシステム開発を請け負いたいと考えています。具体的には、クラブ運営のための人事評価や財務管理などのシステム。そういったものを、クラウディオで学んだ選手たちが作るのが理想的ですよね。既存のIT企業と、プログラミングで勝負することは考えていません。それよりも『スポーツ×IT』というサービスは、きっと需要があると考えています」

全社と地域CLで優勝してJFLに昇格したとか、スタジアム問題を解決してJリーグを目指すとか、そういった話題に終始しがちなハーフウェイカテゴリー。選手のセカンドキャリアについても同様で「サッカーばかりやっていた若者が異業種にチャレンジ」というストーリーも、わりとありがちである。

ブリオベッカ浦安とクラウディオのデュアルキャリア戦略は、マイナーなJFLでのエピソードでしかないのかもしれない。けれども、手垢にまみれたストーリーから脱却した、健やかな輝きを放っている。

 

<この稿、了。文中敬称略>